近年医師不足が問題となっています。特に、地域の第一線で患者さんの診療に携わる病院での医師不足が話題になっています。昨年結果を公表した研究で、2004年までに実施された医師歯科医師薬剤師調査のデータ用いて医師数の変化の実態を示しました。先週、ある雑誌の座談会に招かれ、その席上で分析結果の一部をお話したのですが、ご出席の方はご存じなかったようで、驚いていらっしゃいました。
国立国会図書館 ISSUE BRIEF 産科医療の問題点NUMBER575(2007. 3.22.)で引用された私の論文の中で、既に女性医師が30歳~40歳で一時的に診療から離れることによる労働力の減少を指摘しています。しかし、女性医師が増加することは、このような変化以上に大きな医師労働力への影響があることがわかりました。このことは、女性医師の比率は、女子医学生の比率をそのまま反映した、医師の人口構造の問題ですから、医師労働力の不足を改善するのは小手先の政策では対応が困難な課題であることをしめします。
医師の偏在という言葉で、医師の総労働力は十分であるという主張が、有識者という人々から示されてきましたが、実際には医師の人口構造の変化に伴う実質的な労働力の変化をともなっていたのであり、総労働力についての定量的な検討がされてこなかったことに、強い疑問を感じます。「偏在」という主張を強調したのは不適切であったと考えます。
産婦人科の場合
診療科で見ると産婦人科で医師の不足が問題となっていますので、これを例にとりましょう。大学病院以外の病院で勤務する産婦人科医の数はどのような推移をしているのでしょうか。
研究報告書(厚生労働科学研究費補助金「医師・歯科医師数等の将来予測に関する研究」平成19年度総合研究報告書)の23ページ目(PDFファイル25ページ目)以下に産婦人科医の年度別・年齢別・性別の人数を密度図として示しましたので見てください。
この図をみると、近年産婦人科では、40歳台以下の男性医師が急激に減少し、代わって女性医師増加していることがわかります。そして男女計で見たときに、産婦人科医はそれほど大きく減少してはいないことがわかります。
2006年、2008年のデータは、分析することができませんでしたが、2004年までのデータで言えることは、産婦人科医の性別構成をみたとき、急激に女性の比率が上昇しているということです。
主として働いている場所は医師・歯科医師・薬剤師調査でわかります。しかし、非常勤か常勤かの区別はわかりません。このため、働いている人が、どの程度の時間働いているのかはわかりません。しかし、別な調査・分析で、女性医師は働き場所として病院よりも診療所を選ぶ傾向があることがわかりました。また、同じ非常勤医でも、男性と女性では勤務時間に差異があり、女性の非常勤医の方が勤務時間が短いようです。
これらの結果を総合すると、病院で勤務する産婦人科医の「不足」と呼ばれる現象は、医学部に入学する学生に女性が占める割合が増加したことにより、産婦人科医で女性が占める割合が上昇したことに関連し、おそらくは女性産婦人科医の働き方が男性産婦人科医とは異なることと関係があると推測されます。
病院で働く産婦人科医は、統計上増加しています。しかし、女性医師が増加して働き方が変わったために、時間外の診療が手薄となったり、また非常勤医が増加し実労働時間が短縮していることが示唆されます。このため、医師の労働力が不足するに至っているものと推察されます。
外科の場合
産婦人科に引き続いて外科の医師数の図を報告書に乗せています。
この図をみると、外科では病院に勤務する若手の男性医師が減少する一方、女性医師ほとんど増えていないことがわかります。
この結果、全体として若い外科医が減少しているということがわかります。数年たつと、外科で医師の不足は顕著になり、大きな社会問題になるのではないかとの推測がされる結果となりました。
勤務場所、診療科と性別
このように、病院・診療所別、診療科別の医師数は、医師の男女構成比により大きな影響を受けることがわかりました。
女性医師は、結婚することにより配偶者の転勤の影響をうけて勤務する場所が動くことになるでしょう。また、高等教育を受けた医師は子弟の教育を考えると子弟の教育には熱心となりますし、特に母親である女性医師は子弟の教育環境として充実した地域を勤務地を選ぶ傾向が強くなる可能性があります。
女性医師と結婚した男性医師の勤務地選択でのイニシアチブも、家庭内でもお互いに医師として尊重しあう環境にあると推察されますから、男性医師・女性医師が合意できる場所である都市部に勤務地が集中するという結果を導く可能性があります。
このように、近年4割程度を占めるようになった女性医師の増加は、過去の医師の診療科別・業務の種別(働き方)とは違う医師の分布を示すことになり、実際の医師の労働力に影響を及ぼしていると推察されるのです。そして、特定の診療科や地域で医師の(労働力)不足が顕在化するものと推察されます。
医学部の入学定員との関係
医学部の入学定員増について、医師の中でも賛否両論があるようですが、女性医師の働き方は男性医師と同じでないという事実をふまえたとき、医学部の入学定員増は必要不可欠であるといわざるを得ないと考えます。ではどの程度まで増加させるべきなのでしょうか。
労働力という点からだけ見たときには、おそらく今回の入学定員増前の少なくとも1.15倍程度を越えて増加させる必要があると考えています。
理由は以下のとおりです。
極大雑把に
(全医師が男性で構成されていた場合の労働力)
=((男性医師の平均的労働力)×(男性医学生の比率)+(女性医師の平均的労働力)×(女性医学生の比率))×(新卒医師数の増加率)
とします。
生涯を通じた(女性医師の平均的労働力)を男性の70%とした、新卒女性医師の割合を4割とした場合、医学部入学定員増加前の定員に対する増加後の定員の比をAして、
(1.0X0.6+0.7×0.4)×A=1.0
と置き、この式をAについて解くと、A≒1.14となります。つまり、いま述べた前提で、女性医師の増加に対応するためには、14%程度の医学部定員増が必要ということになります。
女性は、病院より診療所を働き場所として選び、診療科として外科などを避け、非常勤医として働く場合の時間が短いとすると、最も女性医師の労働が減少する診療科での医療需要を満たすためには、14%増より多くの医師を養成することが必要なるのでしょう。その程度は、現在具体的な根拠はありませんが、25~30%増程度になるのではないかと想像しています。
もちろん、医学部に入学する学生に性別で制約を設けたり、診療科の選択を制約させるなどということが行われれば、以上で述べてきた影響は軽減されます。しかし、このような制約は、憲法上の権利である職業選択の自由への制約になりますので、広範な議論が不可欠となり軽率に実施するべきものではありません。
先週、東京大学公衆衛生学の小林 廉毅教授と石川県立看護大学でお会いし、昼食をご 一緒しました。小林先生も私が使用したのと同じ素データを使い、医師の地域分布についての研究をなさっていて、先ごろその研究を論文として公表されています。しかし、この男女構成比が、診療科構成に及ぼす影響については気付いていらっしゃらない様子で、いままでここで紹介した研究結果について食事をしながら、お話をしました。(小林先生は私が筑波大学にいた頃、筑波大学教授として在任しておられて、数年ぶりにお会いしました。)
もっと、このような要因について、いくつかの学会・研究会でこの結果は報告し、社会保険旬報でも産婦人科医について記事を書いているのですが、もっと、大きな声でいろいろな方にお伝えしなければならないのかもしれないと反省しています。
なお、本研究の結果概要は、2007年11月末に厚生労働省医政局総務課に提供している。(偶然、省内での検討の時期と一致していたのかもしれないが、医師数の不足を明確に厚生労働省が発言し始めたのはこの直後だった。この研究が、医師数に関する考え方の整理に若干でも役立ったのなら、厚生労働科学研究として一定の役割を果たしたといえるだろう。)